甲は生きている4、原点は盆踊りの拍手、中高年バンド、結成17年

(甲は生きている4、原点は盆踊りの拍手、中高年バンド、結成1

7年)

9月下旬の夜、穴水町

9月下旬の夜、穴水町甲地区にある音楽スタジオ。「今日はキーを



内部リンク

決めよう」「この曲は難しいな」。中高年5人で構成する「かぶと

 
甲地区にある音楽

バンド」が11月に町内で開かれるイベントに向け、「スタンドバ
スタジオ。今日はキーを

外部リンク

イミー」「ルージュの伝言」など6曲を練習していた。

 

音楽スタジオを建てたのは、リーダーでベースの濱出泰治さん(6

6)=甲=。経営する会社の敷地内にあった製材工場を5年前に改

修した。「以前はクーラーがなかったから、夏は窓を開けて演奏し

ていたけれど、何も言われんかったわ」と笑う。巧拙は別にして、

周囲に家が多ければすぐに苦情が来そうなエピソードがさらりと出

てくるのは、奥能登ならではの光景か。

 

(バイク事故を機に)

バンド結成の経緯はこうだ。濱出さんは50歳の時、趣味のバイク

で事故に遭って入院。仕事で付き合いがあって見舞いに来た上田祐

樹さん(50)=七尾市=に「バンドならけがすることはないよ」

と言われたことが妙に頭に残ったという。

 
「高校時代にもバンドを組んで」

高校時代にもバンドを組んでいた濱出さんは退院後すぐに仲間集め
いた濱出さんは退院後、戻る1

に走る。自宅から半径300メートル以内に住む4人に声を掛けた

濱出さん。たまたま近所だったとの理由で現在唯一の女性メンバー

石崎都さん(48)=ボーカル、甲=は「いきなり家に来て歌えっ

て。もうむちゃくちゃですよ」と笑う。

 

バンドは地区の盆踊り大会を盛り上げることを目標に掲げた。楽器

初心者もいたから、形になるまで時間がかかったというが、拙いな

がらも、住民の前で演奏を披露するとたくさんの人が喜んでくれた。

知った顔ばかりから受けた大きな拍手はやはり暖かかった。濱出さ

んは「ずっとやっていきたいと思った」と振り返る。

 

(呼び間違いが定着)

以来、長谷部まつりや雪中ジャンボかきまつりといった町内の催し

をはじめ、奥能登の大小さまざまなイベントに出演。レパートリー

は日本のポップスや洋楽など約60曲で、イベントに合わせて曲目

を変える。

 

 
「ちなみに、もともとは」

ちなみに、もともとは「パステルプリン」と名乗っていたそう。た
パステルプリンと名乗って、戻る2

だ、なかなか覚えてもらえなかった。10年ほど前に出た能登町で

のイベントで、甲のバンドだからと間違って「かぶとバンド」と紹

介され、わかりやすいとそれが定着したらしい。

 

仕事や出産で入れ替え、増減を経て、ここ3年は小川浩さん(51)

=ギター、東中谷=、天方大介さん(64)=ドラム、金沢市=の

ほか、上田さんもギターで加わった形で落ち着いている。

 

メンバーは口をそろえて「型にはまらず何でもあり」と今年で結成

17年目を迎えたバンドを表現する。「まわりを乗せるのがうまい」

(小川さん)という濱出さんを中心に、それぞれが、地域を、奥能

登を盛り上げたいという共通の目標があるから、活動が長く続いて

いるのだろう。

 
「原点である地区の盆踊り大会」

原点である地区の盆踊り大会はコロナ禍でここ3年は開催されてい
コロナ禍でここ3年、戻る3

ないが、「また盆踊りで演奏したいし、地域に密着して活動してい

きたい」と濱出さん。取材を終えたスタジオを出ても、まだまだ自

分たちのライブは終わらないとばかり、5人のサウンドがいつまで

も聞こえてきた。甲は生きている4、原点は盆踊りの拍手、中高年

バンド、結成17年。中高年のバンドをやりたいという気持ちはよ

く理解できます。私も高専時代に学園祭の時に、バンドをバックに

ボーカルで歌っていました。大学時代はフォークソングの全盛期で

生ギターでバンドを組んで歌っていました。とても懐かしいです。

部活は硬式テニスをやっていたので、終わってから誰かの下宿に

集まってよく練習したものです。とても楽しい時間でした。その

ギターは今でも持っています。活動はカセットテープに録音して

保存してあります。時々聞きますが懐かしくて涙が出てきます。

青春のいい時代でした。

 

 

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村上執念ツバメ突破、七回一挙5点、気迫のヘッド逆転呼ぶ、エース青柳 踏ん張れず

3(村上執念ツバメ突破、七回一挙5点、気迫のヘッド逆転呼ぶ、エ

ース青柳 踏ん張れず)

プロ野球の

プロ野球のクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージ(6



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試合制)は14日、セ、パ両リーグともに第3戦が行われ、セはレ

クライマックスシリーズ(CS)

ギュラーシーズン2連覇のヤクルトが3位阪神に6ー3で逆転勝ち
ファーストステージ

外部リンク

シリーズ進出を決めた。リーグ優勝によ

 

る1勝のアドバンテージを含めて対戦成績4勝0敗で突破した。

 

パは2位ソフトバンクが2年連続リーグ制覇のオリックスに3-0

で初白星を挙げた。対戦成績はリーグ優勝による1勝のアドバンテ

ージを加えてオリックスの3勝1敗となった。

 

ヤクルトは0-3の七回に2失策が絡んで5点を奪い逆転。八回は

山田の適時二塁打で突き放した。最優秀選手(MVP)にはファイ

ナルステージで2本塁打を放ったオスナが選出された。

 

ソフトバンクは一回に失策の間の1点とデスパイネの適時打で2点

を先制し、七回には新人の野村勇がソロ。エースの千賀が七回途中

無失点と好投した。

 

日本シリーズは22日に神宮球場で開幕。ヤクルトは球団初の2年

連続日本一を目指す。

「気迫のこもった三冠王の」

気迫のこもった三冠王のヘッドスライディングが、ヤクルトの逆転
ヘッドスライディングが、戻る1

勝ちを呼び込んだ。0-3で迎えた七回。2点を返して、なおも2

死満塁。投前に緩いゴロを打った村上は、全力疾走で一塁に頭から

飛び込んだ。執念の内野安打。浜地のグラブトスしたボールがファ

ウルゾーンを転々とする間に、一塁走者も生還した。主砲は塁上思

わず照れ笑い。高津監督も「素晴らしい当たり、素晴らしいヘッド

スライディング。持っている」と大笑いした。

 

今期神宮球場で2度も完封を許した青柳に、六回まで散発3安打で

押さえ込まれていた。それでも食らいつく姿勢が七回に実った。3

四死球で2死満塁。山崎のゴロをマルテが二塁へ悪送球して2点。

青柳を降板に追い込むと、四球で再び満塁。続く村上がドラマを起

こした。

 

 

村上は東京五輪で主に8番を務めた。「出塁してくれる選手の気持

ちがよく分かった。これからは、僕へとつないでくれる期待に応え

たい」。4番の責任感を強めた。

 

今期は56本塁打と豪快さがきわだったが、本塁打にこだわるわけ

ではない。絶好機でのぼてぼての内野安打に、村上の4番像が凝縮

されていた。

 

(復帰の高橋・5回3失点)

新型コロナウイルス感染からの復帰登板となったヤクルトの高橋だ

が、5回3失点と崩れた。緩急を生かしてねばったが、四回に犠飛

で失点。五回には3安打を浴びてさらに2点を失った。

「今期は先発の一角として成長し」

今期は先発の一角として成長し、自己最多の8勝をマーク。しかし、
自己最多の8勝をマーク、戻る2

シーズン終盤にコロナで離脱し、この日は8月25日以来となる1

軍登板だった。「思い切って、一人一人に立ち向かっていきたい」

と話していたが、悔しいマウンドとなった。

 

(エース青柳 踏ん張れず)

阪神の青柳は中5日登板でも「負けたら終わりだったので、自分の

投げられる球を投げ続けるしかなかった」とエースの意地を示した。

六回まで3安打無失点。しかし3-0の七回に暗転した。制球が狂

ってピンチを招き、バックの拙守に足を引っ張られて2点返された

ところで降板。代わった浜地が逆転を許した。

 

青柳は今期2完封を含む3勝と輝いた敵地神宮で強力打線に立ち向

かった。玉が伸び、切れも十分。ファーストステージ第1戦に続い

て投手3冠の本領を発揮した。問題の七回は3四死球で2死満塁を

招いた。山崎にぼてぼての一ゴロをうたせたが、マルテが二塁へ悪

送球。2人が生還して浜地の救援を仰いだ。

 

5失点の七回に喫した安打は村上の内野安打となった1本だけ。4

四死球に2失策が絡んだ。今期は86失策で5年連続セ・リーグワ

ースト。弱点露呈の終戦に、青柳は「悔しさが大きい」と視線を下

げた。

 

(矢野阪神4年間に幕)

矢野阪神の歩みが終わった。現役時代に捕手道を学んだ故野村克也

元監督の理詰めの采配とも、一緒にリーグ優勝の歓喜を味わった故

星野仙一元監督のあふれる闘志で選出を引っ張る姿とも違う。「楽

しむ」「挑戦」を植え付けた4年だった。

 

野村元監督には「準備や、頭を使うことで、変えられるということ

を教わった」と感謝し、低迷していた阪神を激情的な言動で変えた

星野元監督は「自分の根本になっている」と言う。内面に理論や厳

しさを秘め、前面に押し出したのは「超積極的な野球」だった。

「リーグ優勝日本一には」

リーグ優勝、日本一には届かなかった。ただ「野球の価値を高めた
届かなかった。ただ野球の価値を、戻る3

い」と夢を持ち、見ている人にグラウンドからメッセージを送り続

けた。村上執念ツバメ突破、七回一挙5点、気迫のヘッド逆転呼ぶ、

エース青柳踏ん張れず。今年もヤクルトは、さすがに強い。試合を

最後まで諦めないし捨てない。とにかく勝つためにできることは、

全部やる粘り強さがある。その象徴が七回の村上の内野安打であ

る。ぼてぼてのゴロなのに一塁まで全力疾走して最後はヘッドス

ライディングだった。それが投手のグラブトスのエラーを誘った。

一挙5点を取って5-3と逆転した。八回は山田のセンターオー

バーの2塁打でダメ押しの1点を追加した。さすがだと思いまし

た。これが終盤に強いヤクルトの攻撃力です。これで試合を勝ち

きって決勝で昨年と同じでオリックスと戦います。どちらが日本

一になるでしょうか。楽しみです。

 

 

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高岡・勝興寺国宝に、本堂と大広間・式台、加賀藩が庇護、金沢と連携強化を

(高岡・勝興寺国宝に、本堂と大広間・式台、加賀藩が庇護、金沢

と連携強化を)

国の文化審議会は12日

国の文化審議会は12日、江戸後期を代表する寺院建築の勝興寺(高



内部リンク

岡市伏木古国府)の本堂と大広間・式台を国宝に指定するよう永岡桂

江戸後期を代表する

子文部科学相に答申した。加賀藩の庇護を受けて整備された伽藍は全
寺院建築の勝興寺

外部リンク

国屈指の規模を誇り、文化史的な意義も深いと評価された。富山県内

 

では瑞龍寺(同市関本町)の国宝指定以来、25年ぶり。二つの国宝

建築がある市は北陸三県では唯一となる。近く答申通り告示され、国

宝は計230件となる。

 

勝興寺は浄土真宗本願寺派の寺院で、本堂は1795(寛政7)年、

大広間は17世紀中期、式台は18世紀後半に建立された。境内には

12棟の重要文化財があり、うち2棟が今回、国宝に格上げされる。

 

本堂は加賀藩11代藩主前田治脩(13代住職・法暢)が再建計画を

立てた。西本願寺(京都市)の阿弥陀堂をモデルに造られ、文化庁に

よると、国内で十指に入る破格の規模を誇る。桁行39・3メートル

梁間37・5メートルは江戸時代以前の寺院本堂で全国で9番目に大

きいという。近世に発展した技術を駆使し、荘厳な大空間を形成して

いる点が評価された。

「大広間・式台は浄土真宗の」

大広間・式台は、浄土真宗の公式な接客の場となる「対面所」の整備
公式な接客の場となる、戻る1

過程を体現し、「歴史的価値が極めて高い」(文化庁)と評された。

 

文化庁は、勝興寺について「真宗王国・越中」の筆頭格の寺院である

と指摘。加賀藩の庇護を受け、浄土真宗が畿内から北陸へと教線を拡

大する中、地域の拠点となり、文化史の観点からも意義が深いとした。

(平成の大修理70億円)

国宝指定には、1998年から2021年に行われた「平成の大修理」

の過程で得られた知見が寄与した。総事業費は約70億円で内訳は国

59億5千万円、富山県と高岡市各4億2千万円、所有者2億1千万

円だった。

 

 

 

 

 

 

 

大修理の完工を記念し、昨年からは高岡茶会(富山新聞社、北國新聞

社主催、ラジオたかおか後援)と「特別華展」(富山県いけ花作家協

会、富山新聞社、北國新聞社主催)が勝興寺で開催されている。

「勝興寺の国宝指定は高岡市」

(金沢と連携強化を)

勝興寺の国宝指定は高岡市にとって、開町の祖・前田利長(加
とって開町の祖・前田利長、戻る2

賀藩2代藩主)の菩提寺である国宝瑞龍寺に続く慶事といえる。

歴史都市に一層の重みを加え、高岡と加賀藩の絆をあらためて

示す契機になる。

 

勝興寺や瑞龍寺に加え、高岡では前田利長墓所や利長が築いた

高岡城の城跡が国史跡として歴史的価値を認められている。こ

れらは日本遺産「加賀前田家ゆかりの町民文化が花咲くまち高

岡」の核である。「加賀藩文化圏」を代表する都市の一つとし

て、「藩都」だった金沢市と県境を越えた連携を強め、観光誘

客などに生かしてほしい。

 

23年間に及んだ「平成の大修理」では国や県、市の負担に加

え、地元住民も年間千円を拠出して支えてきた。今後、後世に

継承していくには地元にとどまらず、さまざまな活用を通じて

多くの県民に親しんでもらい、愛着を深めていく仕掛けがさら

に必要になる。

「二つの国宝建築をまちづくりに」

二つの国宝建築を、まちづくりに生かさぬ手はない。会見で角
生かさぬ手はない、戻る3

田悠紀市長が述べた通り、勝興寺と瑞龍寺はJR氷見線・城端線

で結ばれており、両線のLRT(次世代型路面電車システム)化や

直通化の議論を加速させることにもつながるだろう。高岡・勝興

寺国宝に、本堂と大広間・式台、加賀藩が庇護、金沢と連携強化

を。瑞龍寺が国宝であることは知っていたが、今回勝興寺が国宝

に指定されることになった。本堂の建物は本当に大きくて驚きま

した。立派な建築物だと思います。大広間も本当に大きくて見事

な建物です。瑞龍寺の他に、こんな立派な勝興寺があったことは

知りませんでした。これで富山県は寺院の国宝が2件になります。

これらには加賀藩が関係していたことも分かりました。国宝にす

るのに70億円のお金と23年の時間がかかったことを知って再

び驚きました。本当にびっくりしました。

 

 

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甲は生きている1、「ファン」が列つく80歳医師、金沢から通い17年

(甲は生きている1、「ファン」が列つく80歳医師、金沢から通

い17年)

穴水町中心部から

穴水町中心部から車で20分ほど、町南東部に位置する甲地区。人



内部リンク

口は837人(今年3月末時点)と、この5年で1割以上減り、町

車で20分ほど、

内でも高齢者の比率が高い。小学校は既になく、年度末には唯一の
町南東部に位置する甲地区

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こども園も閉じる予定という過疎化止まらない奥能登を象徴する場

 

所だ。それでも、地域を愛し、懸命に暮らす人たちの営みがある。

特別なものはないけれど、心地いい生活があるという町のキャッチ

コピーは「生きている。穴水」。その文言を体現するかのような地

区を訪ねた。

 

9月下旬、地区でただ一つの医療機関を訪れると、お年寄り2人が

玄関前の花壇に腰掛けていた。診療開始の午前9時まで、まだ1時

間以上もある。しばらくすると、白衣を着た医師らしき人が診療所

から出てきてお年寄りを招き入れた。「外で待たせるのは申し訳な

いし、だいぶ早く開けるようにしとるんや」。そう話すのは、公立

穴水総合病院兜診療所に勤務する医師杉盛恵さん(80)=金沢市

小立野2丁目=だ。

 

(最初は週4勤務)

珠洲市生まれの杉盛さんは、飯田高を卒業後、金大医学部に進んだ。

金大附属病院や国立金沢病院(現金沢医療センター)で耳鼻咽喉科

の医師として勤務。退職後に県地域医療人材バンクに登録し、20

06年4月、バンクの斡旋第1号として兜診療所に赴任した。

「杉盛さんは奥能登がふるさと」

杉盛さんは「奥能登がふるさと。まだまだ元気やったし、もうちょ
まだまだ元気やったし、戻る1

っと医者として役立ちたいと思ったんや」と当時を振り返る。勤務

し始めたころの診療日は週4回。勤務日の前日に穴水入りし、診療

所の住居スペースで寝泊まりしていた。

 

しかし、自身の高齢に加え、穴水総合病院に勤務する若手医師が経

験を積む場にしようと、担当する日を徐々に減らした。現在は毎週

月曜の午前と午後のみだが、診察日は午前5時に起床する。車で片

道2時間かけて通う日々は17年目に入った。

 

 

こちらも穴水支局に着任してから1年半ほど、家族がいる金沢の自

宅に毎週のように帰ってはいるが、その生活を続ける気力はどこか

らくるのだろうか。

 

穴水総合病院に聞くと、一つの答えが返ってきた。若手医師が担当

する日に比べ、杉盛さんが出勤する月曜はとりわけ患者さんが多い

らしい。

「取材当日、診療所に一番乗り」

取材当日、診療所に一番乗りしていた山本春雄さん(92)も「杉
していた山本春雄さん、戻る2

盛ファン」の1人。「いつも診てもらうのは杉盛先生。わしの体の

ことをよく分かっとるから安心や」と全幅の信頼を寄せる。夫婦で

通っている島崎日出子さん(82)も「優しい先生で説明が分かり

やすく話しやすい。みんな好きやわいね」と笑顔を見せた。

 

診療が始まる直前、待合室にはすでに10人以上のお年寄りが待っ

ていて世間話に花を咲かせていた。

 

「元気でも来て」

杉盛さんいわく、健康を維持するには喉の力を鍛えるのが重要だと

いう。「声を出すことが大事。元気でも診療所に来て、私や患者さ

ん同士でしゃべるだけでいい」。耳鼻咽喉科が専門の杉盛さんが言

うと説得力があるが、患者にはお年寄りが多いだけに病院に姿が見

えないと逆に体調を心配するほどなのかもしれない。

 

かつては昼休みになると患者たちと碁石を並べて過ごしたという杉

盛さん。「住んでいる人が生き生きしていないと集落に活気がなく

なる。いつまでできるか分からんけど、元気なうちは診療所にいた

いと思っとる」とまだまだ現役でとの気持ちのようだ。

「待っていてくれる人がいる」

待っていてくれる人がいる。そう思うと、片道2時間のドライブも
そう思うと、片道2時間の、戻る3

苦ではないのだろう。ふるさとで同じような年代の住民とともに生

きる老医師の衰えぬ情熱が地域を支えている。甲は生きている1、

「ファン」が列つく80歳医師、金沢から通い17年。現役の医師

を引退後、県地域医療人材バンクに登録し、穴水総合病院の兜診療

所に再勤務した。まだ医師として社会の役に立ちたいという気持ち

があったそうです。現在は80歳です。その間17年間、金沢から

片道2時間かけて車で通い続けているのです。本当に立派な医師で

心から尊敬します。引退直後は週4日勤務だったそうです。こんな

にもハードな仕事を長い間続けられたと感心しました。奥能登の高

齢者の患者さんがたくさん先生のことを待っていてくれたから心の

支えとなって17年間も続いたのでしょうね。現在も月曜1日だけ

診察されています。本当に情熱のある素晴らしいことですね。

 

 

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人類進化研究にノーベル賞、沖縄科技大在籍、ペーボ教授、困難なDNA解析に成功

(人類進化研究にノーベル賞、沖縄科技大在籍、ペーボ教授、困難

なDNA解析に成功)

スウェーデンの

スウェーデンのカロリンスカ研究所は3日、2022年のノーベル



内部リンク

医学生理学賞を、DNA解析に基づく人類の進化の研究で成果を上

カロリンスカ研究所は

げたドイツ・マックスプランク進化人類学研究所のスバンテ・ペー
3日2022年のノーベル

外部リンク

ボ教授(67)に授与すると発表した。ペーボ氏はスウェーデン出

 

身で、沖縄科学技術大学院大の客員教授も務めている。

 

授賞理由は「絶滅した人類のゲノム(全遺伝情報)と進化に関する

発見」。

 

ペーボ氏は、約4万年前に絶滅したネアンデルタール人の骨片のゲ

ノム解析を行い2010年、ゲノム配列を発表。欧州やアジアに住

む現代人のゲノムの1~4%がネアンデルタール人に由来し、ネア

ンデルタール人が現生人類と交雑していた証拠を示した。

 

シベリアの洞窟から出土した骨片由来のDNAからもゲノムの解読に

成功。それまで知られていなかった絶滅した人類のものと確認し

「デニソワ人」と名付けた。世界各地の現代人と比較した結果、メ

ラネシアや東南アジアの集団でゲノムの最大6%がデニソワ人由来

だったことが分かった。

「ペーボ氏は研究の初期に」

ペーボ氏は研究の初期に、DNAを増幅させて調べるPCR法を使って
DNAを増幅させて調べる、戻る1

試料を分析。その後、大量のDNAを調べることができる「次世代シ

ークエンサー」を利用して、ネアンデルタール人のゲノム配列を決

定した。ペーボ氏の父親も1982年にノーベル医学生理学賞を受

賞している。

 

授賞式は12月10日にスウェーデンで開かれる。新型コロナウイ

ルスの影響で出席が見送られた20年と21年の受賞者も招き、3

年ぶりに対面形式で行われる。賞金1千万クローナ(約1億3千万

円)が贈られる。21年の物理学賞に選ばれた真鍋淑郎・米プリン

ストン大上席研究員(91)も招待されているが、真鍋氏は今年9

月、体調不良を理由に欠席すると記者団に語った。

 

(困難なDNA解析に成功・人類学に新たな光)

ペーボ教授は、困難と考えられていた数万年前の古い人類のDNA

解析に成功した。「人類はどこから来たのか」という人類学の問い

に新しい角度から光を当てた。

 

ペーボ氏は、1980年代から人の骨などに残るDNAの解析を始

めた。2000年代には大量のDNA配列を調べられる装置を利用

し、4万年ほど前に絶滅したネアンデルタール人の骨片由来DNA

を調べた。その結果、現生人類のゲノム配列の1~4%程度はネア

ンデルタール人に由来していることが分かり、現生人類の祖先と混

血していたことを突き止めた。

「このことから約7万年前に」

このことから、約7万年前にアフリカを出た現生人類がネアンデル
アフリカを出た現生人類、戻る2

タール人と出会った後に世界中に拡散したと考えられるようになっ

た。

 

またロシアのデニソワ洞窟から出土した骨片のDNAを調べ、未知の

人類であることを発見。「デニソワ人」と命名した。

 

これらの業績は、絶滅した人類遺伝子が、現生人類に生理学的に影

響を与えていることも明らかにした。例えば、デニソワ人由来のE

PAS1という遺伝子は標高の高い場所での生存に有利に働く。他

にもネアンデルタール人由来の遺伝子はわれわれの感染症に対する

免疫にも影響を与えている。

 

最近ペーボ氏は、ネアンデルタール人から受け継いだ遺伝情報が、

新型コロナウイルス感染症の重症化を抑える効果があると指摘し

ている。

「親交のある長谷川政美」

親交のある長谷川政美統計数理研究所名誉教授は「彼の研究によ
統計数理研究所名誉教授、戻る3

り、現代人をゴリラなど遠い親戚としか比較できなかったのが、

ネアンデルタール人のような近い親戚と比較できるようになった。

自分自身を遺伝的に理解するための手がかりを与えてくれた」と

業績をたたえた。人類進化研究にノーベル賞、沖縄科技大在籍ペ

ーボ教授、困難なDNA解析に成功。ペーボ教授はネアンデルター

ル人の4万年前の骨片からDNA解析に成功し、DNA配列の解読に

成功した。またロシアのデニソワ人の7万年前のDNA解析にも成

功した。デニソワ人は未知の人類であることも分かった。ペーボ

氏は、1980年代から人の骨などに残るDNAの解析を始めた。

40年以上の研究の経験からノーベル賞に認められたのだと思い

ます。それにしても素晴らしい研究成果を上げました。

 

 

 

 

 

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金沢城リレーマラソン、熱走秋の陣、3年ぶり通常開催、201チーム1800人参加

(金沢城リレーマラソン、熱走秋の陣、3年ぶり通常開催、201チ

ーム1800人参加)

利家とまつ金沢城

「利家とまつ」金沢城リレーマラソン2022~秋の陣~(同実行



内部リンク

委、北國新聞社主催)は2日、金沢城公園内の特別周回コース(1

リレーマラソン

周1・9キロ)で行われた。秋の陣の開催は3年ぶりで、201チ
2022~秋の陣

外部リンク

ーム約1800人が照り付ける日差しに負けじと力走し、秋めく城

 

内を熱気で包んだ。

 

大会は若松梱包運輸倉庫(白山市)が特別協賛した。22周するフ

ル(42・195キロ)は一般と職場仲間、11周のハーフ(21

・0975キロ)は一般とガールズの各部門でタイムを競い、4時

間耐久部門はチームで時間内の周回数を争った。

 

6月に開催された「春の陣」は、規模が縮小され1周1キロを20

周する形だったが、新型コロナの感染状況が落ち着いてきたことか

ら、フルマラソンと同じ距離を走る従来のスタイルに戻った。

「2日の石川県内は高気圧に」

2日の石川県内は高気圧に覆われ、金沢市内では雲一つない青空が
覆われ、金沢市内では、戻る1

広がった。最高気温が28・3度に達する中、参加者は汗を滴らせ

ながらたすきをつないだ。

 

3年ぶりに参加した金沢中央走ろう会の金子智子さん(45)は

「仲間とタイムを補い合い、たすきをつなげるのが楽しい」と爽や

かな表情を見せた。星稜中陸上競技部の3年生チームで出場した五

所村アコさん(15)はコロナで活動が制限された3年間だったけ

ど、いい思い出づくりになった」と達成感をにじませた。

 

フルの一般は県内の愛好家でつくる「stylish」が2時間14

分25秒制し、総合優勝を果たした。フルの職場仲間部門は「HN

FDAC」、ハーフの一般は「とりやアスリートクラブ」、ハーフ

のガールズは「滝の妖精」が1位となり、4時間耐久は「MH・T

RC」が栄冠に輝いた。

 

(スタイリッシュ春秋連覇)

2日に金沢城公園で開かれた「利家とまつ」金沢城リレーマラソン

2022~秋の陣~は、陸上愛好者でつくるsty1ish(スタイ

リッシュ)が総合優勝し、春の陣に続いて連覇を果たした。ステー

ジでは、和太鼓演奏や参加者の15秒PRなどが繰り広げられ、コ

ースの外もにぎわった。

「フル一般優勝のスタイリッシュ」

フル一般優勝のスタイリッシュ11人は、序盤から首位を維持し、
11人は序盤から首位を、戻る2

2位と周回差をつけて王座をつかんだ。

 

メイドの仮装姿で疾走した男性メンバーもおり、沿道から声援が

飛んだ。アンカーの会社員舛田侑也さん(30)は仲間が見守る

中、颯爽とゴールを切った。

 

舛田さんは、秋の陣がマラソンシーズンの始まりを告げる号砲の

ようだとし、「チームのモチベーションが高い状態で、次の大会

に挑める」と笑顔を見せた。

 

フル職場仲間は、白山野々市広域消防本部の職員6人でつくる

「HNFDAC」が初優勝を飾った。下大介主幹(46)は、体

力と円滑なコミュニケーションが仕事に不可欠だとし「この経験

を災害現場で役立てたい」と語った。

 

ハーフ一般は、とりやアスリートクラブの6人が栄冠を手にした。

アンカーを務めた金大3年蔵田真生さん(20)は「応援に元気

をもらいながら楽しく走れた」と振り返った。

 

(滝の妖精注目集め・ハーフガールズ唯一出場)

ハーフガールズに唯一出場した「滝の妖精」は、金沢市のサービス

業会社の女性社員7人で組んだ。色とりどりのカチューシャと羽根

を身に着けて「妖精」に扮し、パフォーマンス賞を受けた。荒井悠

さん(23)は「注目を集められて良かった。達成感でいっぱい」

と話した。

「4時間耐久部門で優勝の」

4時間耐久部門で優勝の「MH・TRC」は、県内の白山登山愛好
「MH・TRC」は、県内の白山登山、戻る3

者6人が集まった。3年前の前回大会は惜しくも2位。白山をイメ

ージした柄のランニングシャツを着て33周(62・7キロ)し、

リベンジを果たした。源康憲さん(38)は「秋の風も感じられて

気持ちよく走れた。2連覇を目指したい」と意気込んだ。金沢城リ

レーマラソン、熱走秋の陣、3年ぶり通常開催、201チーム18

00人参加。確かにマラソンや駅伝は走ることが好きでないと苦し

いだけで完走は難しいと思います。いい成績の選手は本当に走るこ

とが好きなんですね。達成感とか満足感を強く感じるのでしょう。

学生ならインカレとか国体を目標にして努力して頑張れるみたいで

すね。箱根駅伝なども同じだと思われます。

 

 

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