WBC代表30人決定、栗山監督「日本野球の魂」、投手は湯浅ら15人に

(WBC代表30人決定、栗山監督「日本野球の魂」、投手は湯浅

ら15人に)

日本代表の栗山英樹監督は

日本代表の栗山英樹監督は26日、東京都内で3月のワールド・ベ



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ースボール・クラシック(WBC)に出場する残り18選手を発表し、

26日、東京都内で

米大リーグから日系選手で初の代表入りとなるラーズ・ヌートバー
3月のワールド

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外野手(カージナルス)、昨季本塁打、打点の2冠に輝いた山川穂

 

高内野手(西武)、富山GRNサンダーバーズ出身の湯浅京己投手

(阪神)らが選出された。大谷翔平(エンゼルス)ら6日に先行

発表された12選手を含め全30選手が決定し、大リーガーは第

2回大会に並ぶ最多の5人入った。

 

野手は新たに吉田正尚外野手(レッドソックス)、山田哲人内野

手(ヤクルト)、岡本和真内野手(巨人)、中村悠平捕手(ヤク

ルト)、大城卓三捕手(巨人)、周東佑京外野手(ソフトバンク)

、中野拓夢内野手(阪神)が代表入り。投手では松井裕樹(楽天)

、栗林良吏(広島)、伊藤大海(日本ハム)、高橋奎二(ヤクル

ト)、大勢(巨人)、宮城大弥、宇田川優希(ともにオリックス)

、高橋宏斗(中日)が選ばれた。

「背番号も発表され、」

背番号も発表され、ヌートバーは23、山川は33、吉田は34
ヌートバーは23、戻る1

となった。湯浅は代表入りに「大谷さんと一緒にできるのはすご

いことだと思う」と目を輝かせた。

 

2月17日から27日まで宮崎市で強化合宿を行う。4試合の壮

行試合を経て3月6日に阪神、7日にオリックスと、ともに京セ

ラドーム大阪で強化試合を行い、9日に東京ドームで中国代表と

の1次リ-グB組初戦に臨む。

 

(ヌートバーに期待)

栗山監督は、日系選手として初めて日本代表に選出したヌートバ

ーに期待を寄せた「肩の強さやがむしゃらさ、一球一球、一生懸

命にプレーを続ける。いろんなものを吸収して、どんどん形にし

てくれると信じている」と語った。

「中堅手の最有力候補で」

中堅手の最有力候補で、打撃では長打力を秘める。明るい性格で、
打撃では長打力を秘める、戻る2

ムードメーカー役にも適任だという。「活躍してくれると思う」

と日の丸を背負ってのプレーを見るのを心待ちにしていた。

 

 

(若き侍覇権奪回に挑む)

日本代表は初出場の26人を含む平均年齢が史上最年少の若いチー

ムで覇権奪回に挑む。26日時点の年齢を単純に足して割った平均

は26・3歳。栗山監督は「勝つことが使命。若い選手を選ぼうと

したつもりは全くない」と実力を評価した選考と強調した。

 

投手を中心とした守りの野球を軸に置く。過去4大会は全て投手は

13人の登録だったが、今回は二刀流の大谷を含め15人に増やし

「投手で我慢して勝つときめたのなら、最後(枚数が)たりなくな

ることはゆるされない」と説明。第1、2回にロッテから出場した

右下手投げの渡辺俊介のような変則投手は選ばず、力で抑え込むタ

イプが並んだ。「ボールの良さで選ぶべきだ。自分の中でも納得し

て選んだ」と、球速などレベルアップが顕著な若手の力を信じた。

 

打線は「それぞれのポジションでしっかり結果を残せる選手を選ん

だ」と言い、長距離打者が多く選ばれた。一方で昨年のセ、パ両リ

ーグの盗塁王が選ばれないなど、野手の当初メンバーの前年総盗塁

数は大谷を含めた16人で過去最小の121。15人で過去最多だ

った第2回の208と比べると開きは大きい。代走の切り札にソフ

トバンクの周東はいるが、スピード不足が不安視される。

「代走、守備固めなどの野手の枠」

代走、守備固めなどの野手の枠を削り、投手枠を増やすことを最後
投手枠を増やすことを、戻る3

まで悩み、決断した。「正しいかどうかは分からないけれど、この

メンバーが一番、形をつくりやすいのではないかと思った」と語っ

た。WBC代表30人決定、栗山監督「日本野球の魂」、投手は湯

浅ら15人に。他の野手を削って投手を15人も使うのは初めて

でしょうね。結果はどうなるか分からないが栗山監督の決断だか

らしょうがないですね。長距離打者が多くいますから彼らに期待

しましょう。本塁打も含めて大きいのを打ってもらいましょう。

 

 

 

 

 

 

 

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寺町・桂岩寺、木魚から明治の頭髪、全国でもまれ真相は謎、病気治癒を祈願?

(寺町・桂岩寺、木魚から明治の頭髪、全国でもまれ真相は謎、病

気治癒を祈願)

金沢市寺町1丁目の

金沢市寺町1丁目の曹洞宗桂岩寺で10日までに、木魚の中から、



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紙に包まれた頭髪が見つかった。紙には明治の年号や年齢、氏名

曹洞宗桂岩寺で10日

などが記されており、何らかの願いを込めて信徒らがひそかに納
までに、木魚の中から

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めたとみられる。病気治癒を願った可能性や、近くに駐屯した陸

 

軍第九師団との関わりが考えられるが、全国的にもまれな例で、

真相は謎に包まれている。

 

(寺町・桂岩寺)

木魚は長年、本堂で使用しており、藩政期末の文化・文政期(1

804~30)に造られたと伝わる。傷みも目立っていたことか

ら今夏、蒲田敬章住職(40)が京都の仏具店に修理に出した。

「店で表面の漆を剝がす作業中」

(包みに年齢や氏名)

店で表面の漆を剝がす作業中、カサカサと音がしたため、中をあ
カサカサと音がしたため、戻る1

らためたところ、紙の包みが九つ入っていた。中から髪の毛が出

てきて、店の担当者が驚いて桂岩寺に連絡した。

 

見つかった包みの一部には、「明治三十九年」とあり、「四十五

歳」「四十九歳」といった年齢に加え、氏名が記されていた。髪

は長さ20センチを超えるものもあり、女性の毛とみられる。

 

包みは、木魚に空いた幅数センチの隙間から、空洞になっている

内部へ差し入れた可能性が大きい。木魚は毎日使っていたが、座

布団の上に載せてあり、動かす際ももちあげないため、包みの存

在には長年誰も気づかなかった。1962(昭和37)年に火災

で本堂その他の建物が全焼した際、木魚は本尊などとともに持ち

出され、焼失を免れたという。

 

「木魚に頭髪を納める例について」

木魚に頭髪を納める例について、加能民俗の会の小林忠雄会長は
可能民族の会の小林忠雄会長、戻る2

「全国でも同じようなケースは聞いたことがない」とする。身体

の一部を奉納する行為から、病気治癒や延命といった身体に関わ

る祈願ではないかと指摘。桂岩寺は五百羅漢で知られており「身

近で雑多な庶民の願いを聞き届けてくれるとされた五百羅漢信仰

の表れかもしれない。明治の一時期にはやった民間信仰、迷信的

な風習ではないか」と推し量った。

 

蒲田住職によると、桂岩寺では戦時中、出征前の兵士が身支度す

るなど、近所の野田町に駐屯していた第九師団の野戦砲兵第九連

隊と関わりが深かった。包みに記されていた明治39年は日露戦

争終戦の翌年であり、「戦争出征者の親族が終戦後に何らかの理

由で納めた可能性もあるのではないか」とする。

「桂岩寺では先月の報恩講で」

(情報提供呼び掛け)

桂岩寺では先月の報恩講で頭髪の供養を執り行った。蒲田住職は
頭髪の供養を執り行った、戻る3

「火災を逃れ、縁あって現代に伝わった髪。何か手がかりをお持

ちの方は知らせてほしい」と呼び掛けている。寺町・桂岩寺、木

魚から明治の頭髪、全国でもまれ真相は謎、病気治癒を祈願?木

魚から頭髪が見つかったというのはあまり気持ちのいい話ではな

いが事実である。真相は分からない。重い病気になってその病気

治癒を祈願したのだろうか。どれも想像の域を出ない話である。

人は弱いから病気治癒を祈願する気持ちは分かる気がします。

 

 

 

 

 

 

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大野はむらさき5、「悪魔払」成長を実感する場、「山王祭」住民に愛され

1(大野はむらさき5、「悪魔払」成長を実感する場、「山王祭」住

民に愛され)

大野町5丁目の大野日吉

大野町5丁目の大野日吉神社境内の曳山館には、7月の夏季例大祭



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「山王祭」で町を巡る7基の曳山が並ぶ。今年7月、3年ぶりに日

神社境内の曳山館には

の光を浴びた曳山からは、祭りのにぎやかな雰囲気が伝わってくる。
7月の夏季例大祭

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(新旧の地名掲げ)

大野町1~7丁目ののぼりが掲げられた7基の曳山には「蓮池町」

 

「茶筅町」「亀齢町」「坂本町」などと書かれた提灯が置かれてい

 

る。「昔の地名だよ」と神主の若林昭男さん(82)が教えてくれ

た。祭りで曳山は新旧の地名を掲げて練る。

「旧大野町は1935(昭和10)年に」

旧大野町は1935(昭和10)年に金沢市へ編入した。今の地名
金沢市へ編入した。今の、戻る1

は「大野町〇丁目」だが、標柱などには昔の地名と由来が残されて

いる。隣の金石の旧町名復活が記憶に新しいだけに、標柱だけでは

「あいそんない」気もするが、旧町名は祭の中で受け継がれ、住民

の中に生きている。

 

コロナ禍のため、祭りは2020、21年に中止された。「なんと

しても今年は開催してほしい」。地元の高齢者から神社側へ「嘆願」

もあったらしい。それほど山王祭は住民に愛されている。住民の1

人は言う。「大野をまとめているのはお祭りだよ」

 

山王祭の中でも特徴的なのは、市の無形民俗文化財である「山王悪

魔払」の舞だ。先頭の坊主役は錫杖を打ち振い経文を唱え、般若面

を付けた者は弓、天狗は刀を、翁はまさかりを手に舞い踊る。今年

は2日間で町内約750戸を巡り、家々の「魔」を払って回った。

「起源は不明ながら、すっかり」

起源は不明ながら、すっかり大野に定着している祭り。亜種とか何
大野に定着している祭り、戻る2

とかウイルスがはびこる今、悪魔払保存会の新田明弘代表(75)

は「悪魔」を「疫病」として捉えて、「町に悪い病気が入らないよ

うに経文を唱えている」と話す。

 

 

 

 

 

 

 

(全世代が参加)

悪魔払を担うのは、16、17歳の高校2年生の男子。大野の子ど

もたちは、年長児から獅子舞の「棒振り」役を皮切りに祭に参加す

る。「赤旗」とよばれる旗持ちを経て、悪魔払の担い手に。成人す

れば奴行列に参加し、「所帯を持てば獅子舞」とも言われる。

「初老を迎えて神興の担ぎ手に回り」

初老を迎えて神輿の担ぎ手に回り、その後も祭りの運営に至る。全
その後も祭りの運営に至る、戻る3

世代が参加して山王祭は成り立つ。「自分の子どもが棒振りをやれ

ば、自然と親も祭りに加わる」と新田代表。年に一度の祭りは、大

野の住民にとって自身の成長や、地域での役割を実感する場になっ

ているようだ。祭り復活を嘆願する声が上がるほど、愛されるのも

分かる気がしてきた。ぜひ来年は間近でその姿を見たい。大野はむ

らさき5、「悪魔払」成長を実感する場、「山王祭」住民に愛され。

私も若い頃は主に獅子舞で祭りに参加していました。8月15日の

真夏の暑い日が祭りでした。山王祭も7月ですからかなり暑いと思

います。特に獅子舞は体力を使いますから本当に辛かったのを覚え

ています。ビールを飲んでいないときつくてできませんでした。人

数がすくないと疲れて大変でした。真夏の炎天下でよくやったと思

います。山王祭も時期的にはきつい祭りだと思います。気合いが入

ってないと倒れることもあります。体調に充分注意してやりましょ

う。体が一番大切ですからね。

 

 

 

 

 

 

 

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津幡の風を見つめて6、野生と共存する動物園、侵入した雄ジカ、ボスに

(津幡の風を見つめて6、野生と共存する動物園、侵入した雄ジカ、

ボスに)

県内の動物園と言えば

県内の動物園と言えば、能美市のいしかわ動物園が真っ先に思い浮



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かぶが、実は津幡町津幡の県森林公園内にもう一つある。それが

能美市のいしかわ動物園

「森林動物園」だ。
が真っ先に思い

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11月下旬の昼前、津幡町の国道8号緑が丘交差点から森林公園に

 

入り、曲がりくねった林道をすすむと、森林動物園の入り口が見え

てきた。加茂池を挟み、ちょうどインフォメーションセンターの反

対側に位置する。入園は無料だ。

 

里山の中にぽっかりと広がる園内では、親子が柵越しにニホンジカ

に餌を与えていた。少し下ると、ニホンザルが元気よく走り回って

いる。家族連れやカップルを数組見掛けたが、混雑している様子は

ない。

「子どもたちは走り回れるし」

「子どもたちは走り回れるし、コロナを気にする必要もない。穴場
コロナを気にする必要、戻る1

ですよ」。月1回ほど来園するという金沢市の主婦北川裕代さん

(40)は、目の前を駆けて行く息子を見ながら、ほほ笑んだ。い

しかわ動物園の混雑をあえて避け、こちらの動物園に来ている人も

いるようだ。

 

(里山3ヘクタールに60頭)

森林動物園は1973(昭和48)年、森林公園のオープンに合わ

せて開業した。いしかわ動物園がキリンやゾウ、チンパンジーとい

った世界の動物が見られるのに対し、こちらの売りは、身近な里山

に暮らす動物たちだ。

 

約3ヘクタールの敷地内では、今年8月時点でシカ、サル、タヌキ、

ヤギ、ウサギ、テンの6種計60頭が飼育されている。

「疑問が一つ浮かんだ」

疑問が一つ浮かんだ。これだけ里山が広がっていると勝手に野生の
これだけ里山が広がって、戻る2

動物が侵入してくることはないのだろうか。勤務歴12年のベテラ

ン飼育員、英晴夫さん(67)が教えてくれた。「シカ園の今のボ

スは元々、近くの山から紛れ込んできた野生のシカや。ほら、目つ

きが他のシカと違って鋭いやろ」。そう話すと、片目の白くなった

雄ジカを指した。

 

(柵飛び越えた?)

英さんによると、8年ほど前、野生の雄ジカがシカ園前に現れるよ

うになり、警戒していたが、いつの間にか飼育しているシカたちと

一緒にいたそうだ。柵を飛び越えて入ってきたとみられ、英さんは

「何か見たことないやつがおるなと思って数えたら、1頭増えとっ

た」と笑う。今では9頭の群れのリーダーとして立派に率いている。

 

 

 

 

 

 

 

県森林公園事務所長の小倉一郎さん(62)が「昨年10月にも野

生の雄ジカが来てたんです」と明かす。ただ、今のボスジカが毎回、

柵越しににらみつけて追い返していたそうだ。「縄張りに近づいて

きたライバルを追い払ってたんじゃないでしょうか」。猟友会員も

出動する騒ぎとなったが、しばらくしてその雄ジカは姿を見せなく

なった。

 

森林公園では来年5月の開園50周年記念の再整備事業として、2

024年春に同公園南口運動広場で、保護された犬や猫と触れ合え

る「いしかわ動物愛護センター」が開業する。アスレチック遊具の

移転、改修も計画されている。

「もっとも、そうした施設とは」

もっとも、そうした施設とは対照的に、動物園は今のところ、改修
対照的に、動物園は今の、戻る3

の予定はない。きっとこれからの50年もできるだけ手は入れずに、

里山の魅力をアピールしていくのだろう。親子が動物と触れ合う姿

を見て、それが森林動物園愛される理由であり、生き残る道なのだ

と感じた。津幡の風を見つめて6、野生と共存する動物園、侵入し

た雄ジカ、ボスに。若い頃に子どもたちを連れて家族で森林公園と

森林動物園を見る機会があった。森林公園はとにかく広くて遊具も

たくさんあって子どもたちは楽しんで遊んでいました。最後に森林

動物園を見ましたが最も印象に残ったのが、イノシシが突撃する時

のスピードでした。すごく速いのです。驚きました。時々町に降り

てきて餌を求めて荒らしますが、あのスピードで人にぶつかってき

たら確実にケガをします。危険な動物だと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

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安原のど根性6、特色を次代に託す音頭、児童の運動会種目に、盆踊りを楽しむ住民

(安原のど根性6、特色を次代に託す音頭、児童の運動会種目に、

盆踊りを楽しむ住民)

取材で安原地区を歩き

取材で安原地区を歩き回るうち、加賀野菜、みどり団地、安原工業



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団地と、この地区が持ついろいろな顔が見えてきた。これらの特色

回るうち、加賀野菜、

をまとめたのが「安原音頭」だ。
みどり団地、安原工業

 

「加賀の國の海沿いに安原名産 加賀野菜」の歌い出しで5番まで

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ある。新入社員だった4年前の8月、盆踊り大会でこの音頭の踊り

 

を見た。コロナ前の盆踊りは活気があった。

 

(誕生は8年前)

実は、安原音頭が誕生したのは割と最近だ。2014年の盆踊りで

お披露目された。かつては各町に踊りがあったが、演奏者不足など

から廃れたという。安原村が金沢市に編入して60周年の節目だっ

た14年、「地区全体を代表する音頭で盆踊り大会をしたい」との

声が住民から上がり、町会連合会を中心とする有志が自分たちで一

から練った。

「歌詞は上安原町の自営業」

歌詞は上安原町の自営業横山浩仁さん(60)が担当した。作詞未
横山浩仁さん(60)が担当した、戻る1

経験ながら、近所の子どもにも意見を聞き、今の地区の様子を分か

りやすい言葉で表現した。曲はフォークグループ「でえげっさあ」

が作った。昔の音頭には振り付けが異なる「男踊り」と「女踊り」

があった。それでは「子どもたちには難しい」として地元民謡会の

女性たちが新たな振り付けを考えた。

 

児童生徒に親しんでほしいと、翌年から安原小の運動会の種目に全

校児童による音頭が加わり、住民が事前に学校に通って手ほどきし

た。さらに盆踊り大会当日は、緑中吹奏楽部が、安原小の屋外ステ

ージで音頭を生演奏している。

 

(コロナ下で中断)

しかし、この3年間、運動会で音頭は踊られていない。今年8月、

地区の盆踊り大会も直前まで準備を進めていたが、コロナの感染

状況をみて中止となった。

「今の児童は安原音頭を」

今の児童は安原音頭をどう思っているのだろう。6年生に聞くと
どう思っているのだろう、戻る2

「歌詞にいろんな加賀野菜が入っているのが好き」、「方言がい

っぱい入っていて楽しい」と矢継ぎ早にお気に入りのポイントを

教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

英 翔和君(12)は「運動会で音頭がなくなったのは寂しい。ど

うにかして受け継ぎたい」と語り、酒井遊心君(11)は「何かの

機会にまたみんなで踊りたい」と言う。そして、みんなで振り付け

の一部を見せてくれた。

 

14年の盆踊り大会を運営した農家太平幸久さん(65)=打木町

=は「青年団をやっていた時に打木じょんがらをみんなで踊っとっ

た」と地元の盆踊りの記憶を教えてくれた。茅ぶき屋根を替える情

景を描いた歌で「茅じゃと そらもう一つ」と一節をそらんじる。

地域の盆踊りは思い出の景色とひもづいているのだろう。

 

取材後、横山さんが最初に考えた歌詞と完成形の歌詞を見比べて

気付いたことがあった。最後の5番の一節が「みんな地域で一つ

になれるよ」から「大人になっても さー 一緒に踊ろう」に変

わっていたのだ。横山さんは「大人になってもふるさとを懐かし

み、帰ってきた時に楽しく踊ってほしい、との思いを込めた」と

振り返ってくれた。

「安原小の児童からは」

安原小の児童からは「町は変わっていくかもしれないけど、10
町は変わっていくかも、戻る3

0年先まで音頭が残っていたらいい」、「いつか教える側に回り

たい」との声も聞いた。大人が安原音頭に託した思いは、子ども

たちへ確かに伝わっていた。安原のど根性6、特色を次代に託す

音頭、児童の運動会種目に、盆踊りを楽しむ住民。若い頃はよく

盆踊りを踊りました。他の町に盆踊りがあるとそこまで踊りに行

きました。とても楽しかった思い出があります。今、思うと若い

というだけで何かの価値があるような気がします。本当に懐かし

い思い出です。

 

 

 

 

 

 

 

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北陸のすし牽引、野々市「太平寿し」閉店、名物大将他界から4年、弟子独立、半世紀で幕

と(北陸のすし牽引、野々市「太平寿し」閉店、名物大将他界から4

年、弟子独立、半世紀で幕)

北陸のすしを牽引

北陸のすしを牽引してきた野々市市太平寺1丁目の「太平寿し」が



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今月末で半世紀の歴史に幕を下ろす。全国の食通にもファンが多く、

してきた野々市市

その腕前と気さくな人柄で店の評判を高めた前店主の高谷進二郎さ
太平寺1丁目の「太平寿し」が

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んが死去してから4年。弟子たちは相次いで独立し、職人の確保が

 

ままならなくなった。女将の美知子さん(73)は亡き夫が育てた

名店の看板をしまうことを決断、常連客からは惜しむ声が上がって

いる。

 

(今月末)

太平寿しは1972(昭和47)年、高谷さんの兄勲さんが開いた

店が原点だ。高谷さんは大学卒業後に大手飲料メーカーに就職予定

だったが、店の手伝いから、そのまま職人として歩み始めた。

「一手間をかけて魚のうま味を」

一手間をかけて魚のうま味を引き出す創作すしと、話好きなユーモ
引き出す創作すしと、話好きな、戻る1

アあふれる人柄で一躍人気店になった。看板メニュー「のど黒の蒸

しずし」は今も訪れた客のほとんどが注文する逸品だ。

 

しかし、高谷さんが2018年、68歳で他界すると、新型コロナ

ウイルスの感染拡大の影響もあり、店を取り巻く環境は悪化した。

当時いた6人の弟子たちのうち、4人が独立や他店に移るなど次々

と店を離れた。

 

今年9月からは美知子さんのおいで現在大将を務める向野公士さん

(45)と、高森悠平さん(30)が2人ですしを握ってきたが、高

森さんも今月で退職することに。向野さんだけでは、カウンター9

席と、座敷2部屋を切り盛りできなくなるため、新たな職人を探し

たものの、コロナ禍で飲食業が敬遠されがちだからか、代わりは見

つからなかった。

 

 

 

 

 

 

「サービスを落としてまで」

サービスを落としてまで営業すれば、夫が守ってきた看板に傷がつ
営業すれば、夫が守ってきた看板に、戻る2

くと、美知子さんは悩んだ末に閉店することにした。そう決めると

自然に涙があふれてきたという。

 

「自分の店を持ちたいという思いは誰でも持っている。引き留める

ことはできない」と店で修業した職人たちを快く送り出してきた美

知子さん。巣立った高谷さんの弟子たちは「鮨八や」「飛」「河原

町一」「鮨処あいじ」など金沢市内の各店で板場に立つ。

 

向野さんは高谷さんと過ごした18年を振り返り「大将はすしを握

る技術もすごかったが、お客みんなに話し掛けて、目と耳がいくつ

あるんだと思うくらい器用だった」と懐かしそうに目を細めた。

「営業29日が最後で、食べ納めに」

営業29日が最後で、食べ納めに訪れる人で予約が埋まっている。
訪れる人で予約が埋まっている、戻る3

回転すしチェーン「もりもり寿し」を経営する上野謹一さん(5

6)も常連客の1人。上野さんは「最初は勉強のために来たが、

ほっとできる店の雰囲気が好きだった。進二郎さんは多くの弟子

を育てたから、その思いはつながっていくはず」と話した。北陸

のすし牽引、野々市「太平寿し」閉店、名物大将他界から4年、

弟子独立、半世紀で幕。名物大将の寿しを握る腕前は素晴らし

かったが、話好きで優しい人柄でどんな客とでも話をしていた。

その気さくな性格が客を引き付けていた。そこが最大の魅力で

あった。

 

 

 

 

 

 

 

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