金沢城公園(金沢市)、百万石の繫栄・始まりの地、戦は女たちの悲劇

小説「銀嶺のかなた」は前田利家「金沢入城」へと歩を進めた。こ

小説「銀嶺のかなた」

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れより300年にわたって加賀百万石の繫栄が始まり、明治まで続

は前田利家「金沢入城」

くのである。小説では、時は天正11年4月27日、西暦では15
へと歩を進めた。

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83年6月17日。

 

 

この春まで、利家は能登一国の主だった。七尾城から賤ケ岳合戦に

出陣した。織田信長の後継者をめぐって対立した柴田勝家と羽柴秀

吉の戦いである。

 

(戦は女たちの悲劇)

戦は女たちの悲劇でもある。「銀嶺のかなた」で語られるお市が、

徳川家康と祝言を挙げていた、という展開は衝撃だった。

 

お市の人生は、戦国の国盗り合戦のために翻弄される。兄、信長

の命によって浅井長政に嫁ぎ、3人の姫を産みながら、信長によっ

て浅井家が滅ぼされた。信長の死後、清須会議で決められて身を寄

せた勝家も、秀吉によって滅ぼされてしまう。

「お市が北庄城に住んでいたのは」

お市が北庄城に住んでいたのは、長女、茶々と勝家の養子、佐久間
長女、茶々と勝家の養子、戻る1

勝之との縁組のためだったという。そのため勝家のもとに、お市と

3人の姫がいたのである。

 

絶世の美女と呼ばれたお市は、落城間近に娘たちを城から出して、

勝家と運命を共にする。

 

夫でないなら、それだけの義理はないはず。お市から聞いた言葉

を、利家は秀吉に伝えた。

 

「お市の方さまは親父さまではなく、織田家に殉じるとおおせら

れた」

しかし狡猾な秀吉は「そんなことが世に知れたら、わしが織田家

を滅ぼしたように思われてまうでにゃーか。だで、夫の勝家に殉

じたことにするで。その方が話としても面白いし、世間も納得す

るがや」

「秀吉のしたり顔が、目に見える」

秀吉のしたり顔が、目に見えるようである。にゃーにゃーと、おど
ようである。にゃーにゃーと、戻る2

けたように聞こえる物言いにくるまれているが、そこに老獪に立ち

回る秀吉のずる賢い策略が隠されている。

 

若い頃から、夫婦ともに親しかった「超人秀吉」に、利家は屈服し

た。

 

賤ケ岳での合戦の後、秀吉は利家に加賀二郡を与えた。佐久間盛政

に代わって、戦わずして金沢城主となったのである。

 

(真っすぐに伸びて)

利家が入った金沢城の大手門入り口には、今も水をたたえている大

手堀がある。兼六園口にある石川門は観光客で大にぎわいだが、こ

こを訪れる人はそれほど多くはない。

 

石垣は高く、角に巨石が使われていて、正門らしき勇壮な品格があ

る。この門から参勤交代の大名行列が出発したのだと思って振り返

ると、尾張町交差点まで、道が気持ちいいほど真っすぐに伸びてい

る。この道から加賀藩主、前田家の歴史が始まったのだ。

「紅葉した葉が、静かなお堀の水に」

紅葉した葉が、静かなお堀の水に、はらりと落ちていった。金沢城
はらりと落ちていった、戻る3

公園(金沢市)、百万石の繫栄・始まりの地、戦は女たちの悲劇。

金沢城は本当に立派な城だと思います。特に石垣の積み方が独特な

特徴があります。それに高く積んであります。敵は攻めにくかった

でしょうね。城の隣りの金沢城公園は百万石行列の最後の場面で使

われます。きれいに整備された公園です。

 

 

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