(12時間以上飛行機に乗った後車で高速を走った
最初で最後のフランスでの仕事)
フランスでの仕事
フランスでの仕事は、非常に苦労した。関空から出発してドゴール
空港までが、約12時間もかかった。飛行機の中は禁煙でタバコが
関空から出発
吸えない。それで1時間毎にガムをもらって、かんでいた。しかし
内部リンク
タバコの味は、ほとんどしなかった。とても辛い思いをした。眠ろ
うにも眠れないし、飛行機の中を歩いてみても、気はまぎれること
はなく、とても退屈だった。でも仕事で行くのだから、何とか我慢
外部リンク
ができた。ドゴール空港に着いて1時間の間に、今度は国内線のタ
ーミナルまで、移動しなければならない。バスに乗って40分位で
移動出来た。そこに灰皿があったので、急いでタバコを2本吸った
。そこへ国内線の飛行機が来たので、すぐに乗った。1時間ほどの
フライトで、目的地の空港に着いた。車の運転手が看板を持って待
っているのだが、どこへ行けばいいのかが、分からなかった。フラ
ンス人はプライドが高くて、フランス語しか話さない。
そこへ日本語を話すフランス人が来て、ゲートを教えてくれたので
助かった。そのゲートを出ると車の運転手が、待っていた。すぐに
車に乗って高速道路に向かった。ホテルまでは3時間位かかるらし
い。ホテルに着いたのが、真夜中の11時50分頃でした。丸1日
かかっています。フロントでサインをしてすぐに、部屋へ行って寝
ました。
「食事をして」
翌日は7時頃に起きて、食事をして作業服に着替えて、コーヒーを
作業服に、戻る1
飲んでいたら、ユーザーの工場長が、車で迎えに来てくれました。
車で工場へ向かって、着いたら彼らは機械の、梱包をバラしていま
した。上のフタをバラス時に、滑らしてしまって部品を3ケ、破損
してしまいました。フランス人の作業員は、後で何とか直してみま
す。と言っていました。昼になって食事に行って、帰ってから、フ
ォークリフトで機械を釣って、降ろす作業をするのですが、リフト
が2トン車なので、後部が浮いて機械が上がりません。チャンネル
の鉄材を持って来て、リフトの後部に差し込んで、その上に人が何
人か乗って、ようやく降ろしました。リフトの3トン車があれば良
かったのですが、なかったのです。今日の仕事は終了です。工場長
がホテルまで、車で送ってくれました。別れる時にグッナイトと言
ったら、相手はボンソワ(フランス語)と返して来ました。本当に
プライドの高い国です。
ホテルで食事をしました。まずビールをもらいましたが、とても美
しかった。ホテルでも全てフランス語なので、頭が痛くなりました
。今日は疲れたのでもう寝ます。
翌日も朝食を済ませて、コーヒーを飲んでいると、工場長が車で迎
えに来てくれました。工場に着いて早速、2分割の機械を定位置ま
で、移動してつないでから、水平を出して電源をつないで、1錘目
から20錘目まで、簡単にテスト巻きして、電気ヒータとポンプと
ブロワーのテストをして、破損した部品をフランスの作業員が、直
してテスト巻きをしましたが、やはりまずいので後日、日本から送
ることにしました。後は機械の使い方の説明と、センサとカウンタ
のテストと説明です。通訳のおばさんの英語が、私とあまり変わら
ないレベルなので、困りました。今日の予定はこの辺までなので、
仕事は終了です。ホテルまで送ってもらいました。挨拶はやはり、
ボンソワです。
「代理店の方が」
次の日に工場へ行くと代理店の方が、見えていました。この人は英
次の日に、戻る2
語がとても上手で、機械の事も良く理解していて、ホットしました
。この人はこの日、綺麗な液体の糊のテストを、重点的に長い時間
をかけて、行っていました。液体の糊を見た時に、さすがにヨーロ
ッパは凄く進んでいるなと、感心しました。この日の予定もここで
終了です。ホテルまで送ってもらいました。ホテルでの食事の時に
フランス人の夫婦が、見えていました。男性は若い頃に日本の伊藤
忠に勤めていて、神戸に何年かいたそうです。それで日本語がとて
もうまくて、いろんな事を話してくれました。日本人はなぜボジョ
レーヌーボーに夢中になるのか、理解が出来ないと言っていました
。あれは最低のワインで、もっといいワインが沢山あるのになあと
言っていました。こんなフランスで日本語を話し出来るとは、思っ
てもいなかったので本当に、楽しいひと時でした。苦しいのもスト
レスからも、解放されました。本当に感謝です。この日はぐっすり
眠れました。翌日、工場へ行ったらフランスの作業員が、破損した
部品を溶接して、かなり上手に直して、テスト巻きをしていました
。しばらくは大丈夫そうです。あと1日、機械の点検とテスト巻き
をして問題がなければ、仕事は終了です。土曜日は休みで、日曜日
に日本へ帰る予定です。金曜日も仕事は順調でこれで終了です。最
後に事務所へ行って完了書に、ハンコをもらえば全て終了です。事
務所へ行ったら、英語が特にうまい女性が出て来て、私の通訳をし
てくれたら、良かったのに。と言ったら事務所は凄く忙しいので、
できませんでした。と言われました。ハンコを押してもらって全て
終わりました。
次の日は若い画家の展示会があるので、ホテルから歩いて美術館へ
向かいました。行く時は地図を見ながら、ゆっくりと行ったので速
くに着きました。全部の絵を時間をかけて、見ました。なかなかに
いい絵が多くありました。美術館を出てホテルへ帰ろうとしたら、
どこで道を間違えたのか、分からなくなって通行人に、英語で聞い
ても全く無視されました。それでも何とか自力で帰る事が出来まし
た。ホテルで少し休んでから、明日、日本へ帰る準備をしました。
夕食の時はビールをもらって、飲みながらゆっくり食事をしました
。部屋に戻って日本へ帰ってから、する事をノートに書きました。
明日は朝早いので休みました。
翌朝早くに車が迎えに来ました。それに乗って高速道路経由で、国
内線の空港まで送ってもらいました。その後ドゴール空港まで飛行
機に乗りました。ドゴール空港に着いて、バスで国際線のターミナ
ルまで移動しました。そこで空港のアナウンスが、ありました。国
際線が強風のために、大幅に遅れるとの事でした。何時に飛ぶかは
今の所は不明との事です。この時思ったのは、空港の横がルーブル
美術館です。日曜日が休みならルーブルへ行って、モナ・リザの絵
の前で1時間ほど、絵を見ていたいなあ。と思いました。もう2度
と来れないと思いましたから。本当に残念で仕方がありませんでし
た。今思い出しても心残りです。一生に一回あるかないかのチャン
スでしたから。3時間ほどしてから、国際線が飛ぶと言うアナウン
スがありました。飛行機に乗って離陸した時に、辛かった仕事の事
やいろんな事が思い出されて、涙があふれていました。さらばフラ
ンスよ。と心の中で叫んでいました。
コメント(以下に書いて下さい)